福島千里風を切って100mでまたも日本新

アジア大会(11月・広州=中国)の代表選考会を兼ねた陸上の織田記念国際は29日、広島広域公園陸上競技場で行われ、女子100メートル決勝は福島千里北海ハイテクAC)が追い風1・7メートルの好条件下、11秒21の日本新記録で優勝した。従来の記録は自身が昨年6月の布勢リレーカーニバルでマークした11秒24で、0秒03更新した。



 21歳の福島は得意のスタートで抜け出し、11秒35で2位だったライバル高橋萌木子(平成国際大)らを圧倒した。



 男子棒高跳び沢野大地(千葉陸協)が5メートル70、同800メートルは横田真人富士通)が1分49秒88で、ともに日本記録保持者が優勝。同100メートルは高平慎士富士通)が調整不足で欠場し、佐久間康太(あぶくまAC)が10秒42で勝った。



 女子5000メートルは新谷仁美豊田自動織機)が15分42秒20で日本勢トップの4位だった。


★福島 千里(ふくしま ちさと、1988年6月27日 - )は、日本の陸上競技選手で、専門は短距離。北京オリンピック日本代表。女子100m、200mの日本記録保持者。

生誕地: 北海道中川郡幕別町

居住地: 北海道札幌市

身長: 165cm

体重: 48kg

自己ベスト

100m: 11秒21 (2010年)

200m: 23秒00 (2009年)




人物・経歴

幕別町立糠内中学校を経て北海道帯広南商業高等学校を卒業後、2007年北海道ハイテクノロジー専門学校情報システム学科)に進学。同校の陸上競技部北海道ハイテクAC)に籍を置き中村宏之コーチの元で選手活動を続けている。2009年に卒業後は、そのまま職員となった。



幼いころにスピードスケートをやっていて、その経験がスタートダッシュ時のバランス強靭な脚力に影響を与えているという[1][2]。糠内中学校時代からジュニアオリンピックなど全国大会出場中学3年生だった2003年から高校3年生の2006年までの4年間、全中インターハイにおいて女子100mでいずれも同い年の高橋萌木子に敗北。自身も全国大会で実績はあげていたものの、高橋や中村宝子の影に隠れる形となっていた。



2008年、好タイムをマークし始めて頭角を現す。



4月28日、広島広域公園陸上競技場で行われた織田記念陸上女子100mで、二瓶秀子が2001年に記録した11秒36に並ぶ日本タイ記録をマーク。北京オリンピック参加標準記録Bを突破。

6月29日、川崎市等々力陸上競技場で行われた第92回日本陸上競技選手権大会女子100mで、参加標準記録Aは突破できなかったものの、11秒48で初優勝を飾る。

7月6日、函館市で行われた南部忠平記念陸上競技大会女子100mで、前週の日本選手権よりは悪いタイムであったが優勝。これを受けて日本陸上競技連盟は福島のシーズンでの急成長と将来性を高く評価し、北京オリンピックの短距離(女子100m)代表に選出した[3]。陸上女子100mのオリンピック代表は日本では1952年ヘルシンキオリンピックの吉川綾子以来56年ぶり。

8月16日、北京オリンピック女子100mでは11秒74で1次予選敗退。

9月23日、川崎市等々力陸上競技場で行われたスーパー陸上大会女子100mで優勝(11秒70)。これは、日本で開催された陸上競技国際大会の100mにおいて、日本女子史上初の優勝。

2009年、他の選手からマークされる中で記録を塗り替えている。



5月3日、静岡国際陸上競技大会女子200mで23秒14の日本新記録(当時)で優勝。

6月7日、鳥取県立布勢総合運動公園で地元の大会と同時開催されたスプリント挑戦記録会の女子100mでは、第一レースで11秒28、第二レースで11秒24と1日で日本記録を2回連続で更新。同時に世界選手権の参加標準記録A(11秒30)を突破。

6月26日、広島広域公園陸上競技場で行われた日本選手権女子200mで、23秒00と自身の日本記録を0秒14短縮して初優勝。これは世界選手権の参加標準記録Aと同タイムでもあった(同タイムなら突破として扱われる)。しかし28日の100mでは準決勝後に右鼠蹊部の張りを訴え、決勝を棄権。

8月16日、ベルリンで行われた世界選手権女子100m1次予選で11秒52で1次予選突破。2次予選は11秒43と記録を伸ばしたが、準決勝進出はならなかった。世界選手権での2次予選進出は日本女子100m史上初、オリンピックを含めても1932年のロサンゼルスオリンピックに出場した渡辺すみ子以来77年ぶりのこと[4]。

11月11日、アジア選手権女子100mにおいて、11秒27で優勝。

アラカルト

同じ女子短距離の北風沙織は大学を卒業後、職員として北海道ハイテクノロジー専門学校に就職。当時、福島はまだ生徒であったため、学校では職員と生徒、クラブではチームメイトという関係であった。その後、福島が卒業後に同校に就職したことにより職場でも同僚となった。

その端麗な容姿と天然さも手伝ってか、ファンが多い。

サインが非常に特徴的である(ランニングしている棒人間イラストで、「ふ」で上半身、「く」と「し」で足、「ま」で五線譜と音符を表している)。サインには何かしらのイラストが入ることがある[5]。

校時代から鎬を削る高橋萌木子とは「チイ」「モモコ」と呼び合う友人関係である。

北京オリンピック後の母校の慰労イベントにて、ボウリングピンのかぶり物(顔の部分が空いた状態)をして写真に収まる。主役にもかかわらず、目立たないようにと後方に位置取るが、格好が格好だけに一番目立ってしまう。

2009年ベルリン世界陸上に向けて上京するも、パスポートを忘れてしまい再度北海道に取りに戻った。その一部始終を、ハイテクACのブログにてネタにされている。