ソフィア・ローレン(76)が「第22回高松宮殿下記念世界文化賞」を受賞豊かな胸元もバッチリ。「深い幸せを感じています」と感慨深げ
世界の優れた芸術家を顕彰する「第22回高松宮殿下記念世界文化賞」(主催・日本美術協会)の受賞者が12日、東京・虎ノ門のホテルオークラで会見した。演劇・映像部門で受賞したイタリアの国際的女優、ソフィア・ローレンさん(76)は「集大成といえる受賞。でも、キャリアが終わったわけじゃない」と胸を張り、“生涯現役”宣言した。授賞式は13日、東京・元赤坂の明治記念館で行われる。
真っ赤なジャケットにスカート、そして豊かな胸元もバッチリ見せた。大女優の風格と華やかな雰囲気、そしてセクシーな色香は衰えを知らない。
映画デビューから約60年。イタリアにとどまらず、ハリウッドなど国際的な活躍が認められた。女優では初の受賞。「深い幸せを感じています」と感慨深げだ。
それでも、冗談ぽく笑いながら、「私はいまだに『大きくなったら何をしようかな』と考えているのよ」と張りのある声で付け加える。「台本を読んで『これだ』と思うもの、私の中のベストなものを引き出してくれるものに出会えれば、喜んで応じます。仕事してみたい監督? いっぱいいるわよ!」。仕事への意欲も、衰えてない。
昨年は米ミュージカル映画「NINE」(ロブ・マーシャル監督)に出演。主演のダニエル・デイ=ルイス(53)をはじめ、ニコール・キッドマン(43)、ペネロペ・クルス(36)など国際派スターぞろいの中でも、ひときわ貫禄を見せつけた。
今年は母国で、3月に2夜連続でテレビ放送されたスペシャルドラマに主演。ローレンさんの母、ロミルダさんの生涯をベースにしたドラマで、母役を演じた。「最も難しい役の1つでした。私なりに、母への思いがつまっているので…」。70代半ばにして、女優として挑戦的な役柄に立ち向かった。
「なるべく自然に演じたつもり。成功したと思うし、続編も作られるかもしれないわ」。関係者によると、同作は来年1月、NHKで「ソフィア・ローレン物語」(仮題)として放送が予定されており、銀幕だけでなくお茶の間でも健在ぶりが見られそう。
「人生は美しいと思う。何も映画ばかりじゃなく、他にもやりたいことがたくさんある。家族のこと、孫の成長のこと…人生は本当に美しいわ」。“イタリアの太陽”と称されたごとく、太陽のように明るい笑顔。仕事にも私生活にも前向きな姿勢が、若さと情熱を支えているようだ。
ソフィア・ローレン Sophia Loren
ソフィア・ローレン(Sophia Loren、1934年9月20日 - )はイタリアを代表する女優である。本名はソフィア・ヴィラーニ・シコローネ(Sofia Villani Scicolone)。アレッサンドラ・ムッソリーニは彼女の妹アンナ・マリアの娘である
映画『真夜中へ5哩』(1962)
本名 Sofia Villani Scicolone
生年月日 1934年9月20日(76歳)
出生地 ローマ
国籍 イタリア
活動期間 1950-
配偶者 カルロ・ポンティ(1966-2007)
受賞
アカデミー賞
主演女優賞
1961『ふたりの女』
1991 名誉賞
英国アカデミー賞
主演女優賞
1961『ふたりの女』
グラミー賞
Best Spoken Word Album for Children
2004『Prokofiev: Peter and the Wolf/Beintus』
ゴールデングローブ賞
1995 セシル・B・デミル賞
セザール賞
1991 名誉賞
その他の賞
ヴェネツィア国際映画祭 女優賞
1958『黒い蘭』
プロフィール
イタリアの首都であるローマで、ロミーダ・ヴィラーニとリカルド・シコローネの間に生まれた内縁の子であった。幼少時はナポリ近郊のポッツオーリで貧困の中成長し、1950年代初頭にヨーロッパ映画に端役として出演した。その当時の名前はソフィア・ラッツアーロであった。彼女は後の夫となるカルロ・ポンティに見いだされ、彼の制作する多くの映画に出演した。彼女の初期の主演作の1つは1953年の『Due notti con Cleopatra』であった。同作は他の初期主演作と同様に、彼女の肉感的な体を強調した作品であった。さらに幾つかの作品にはトップレスで出演した。それらの作品は当時のヨーロッパでは受け入れられたが、イギリスやアメリカではそのような場面はカットされた。
彼女は1951年にハリウッドの超大作『クオ・ヴァディス』に端役で出演したが、1957年の『島の女』が公開されると彼女は国際的スターと見なされるようになった。この作品において、彼女の水に濡れて体のラインが浮き立つシーンは象徴的であった。
彼女はその初期のハリウッド作品『楡の木蔭の欲望』(ユージン・オニールの演劇)、『月夜の出来事』(ケーリー・グラントとのロマンティック・コメディ)、『黒い蘭』(アンソニー・クインとのロマンチック・ドラマ)でセックスシンボルとしてだけではなく、演技力と喜劇的な実力をも証明した。
ケーリー・グラントとは恋愛関係にあったことを、のちに発表した自伝『生きて愛して』で公表した。
2009年1960年代までに、ソフィアは世界で最も人気のある女優のうちの1人としてハリウッドとヨーロッパの両方で作品に出演した。1960年の『ふたりの女』でアカデミー主演女優賞を受賞。同年公開の『求むハズ』では共演のピーター・セラーズとのロマンスが報じられた(彼女は否定している)。この作品のプロモーションでソフィアとセラーズは共にアルバムをレコーディングした。
ソフィアは喜劇王チャーリー・チャップリンの最後の監督作品『伯爵夫人』に出演したことがあり、マーロン・ブランドと夢の共演を実現した。この作品は、チャップリンが、赤狩りによってハリウッド及びアメリカから追放された後の作品で、イギリスで製作、公開されたがあまり知られていない。
長い間、妻のいるカルロ・ポンティとは不倫の間柄だったが、彼の離婚が成立した1972年に正式に結婚した。指揮者のカルロ・ポンティ・ジュニアと、結婚後に生まれた映画台本作家兼監督のエドアルド・ポンティの2人の息子がいる。ポンティの脱税容疑事件の後、ジュネーヴに在住。事件でイタリア当局に没収されていたポンティ所有の絵画を、遺産として取り戻すとして裁判を起こした。
2006年、トリノオリンピックの開会式でオリンピック旗を掲揚する際の旗手を務めた。
SSCナポリの熱心なサポーターである。セリエA昇格が期待される2007年には「ナポリが昇格したらストリップショーを開いてもいい」と発言した。
2008年来日し、イタリアの宝石ブランド「ダミアーニ」の銀座店のオープニングに登場したほか、4月21日、『SMAP×SMAP』(関西テレビ・フジテレビ)の「BISTRO SMAP」に登場した。
「第22回世界文化賞 演劇・映像部門」を受賞[3]により、2010年10月に来日し、ホテルオークラ東京で授与式と記者会見が行われた。
主な出演作品
クオ・ヴァディス - Quo Vadis(1951)
こんなに悪い女とは - Peccato che sia una canaglia / Too Bad She's Bad(1954)
ナポリの饗宴 - Carosello Napoletano(1954)
バストで勝負 - La Bella Mugnaia(1955)
河の女 - La donna del fiume(1955)
島の女 - Boy on a Dolphin(1957)
殿方ごろし - Pane, Amore e...(1957)
侵略者 - Attila(1958)
楡の木蔭の欲望 - Desire Under the Elms(1958)
月夜の出来事 - Houseboat(1958)
鍵 - The Key(1958) − キネマ旬報ベストテン第8位
黒い蘭 - The Black Orchid(1959)
私はそんな女 - That Kind of Woman(1959)
バラ色の森 - A Breath of Scandal(1960)
西部に賭ける女 - Heller in Pink Tights(1960)
ナポリ湾 - It Started in Naples(1960)
求むハズ - The Millionairess(1960)
ふたりの女 - La Ciociara(1960) − キネマ旬報ベストテン第6位
エル・シド - El Cid(1961)
昨日・今日・明日 - Ieri, Oggi, Domani(1963)
ローマ帝国の滅亡 - The Fall of the Roman Empire(1964)
レディL(1965)
アラベスク - Arabesque(1966)
伯爵夫人 -A Countess from Hong Kong(1967)
ひまわり - I Girasoli(1970)
ラ・マンチャの男 - Man of La Mancha(1972)
旅路 - Il Viaggio(1973)
逢いびき - Brief Encounter(1974)
カサンドラ・クロス - The Cassandra Crossing(1977)
特別な一日 - Una Giornata Particolare(1977)
プレタポルテ - Pret a Porter(1994)
微笑みに出逢う街角 - Between Strangers(2002)
NINE Nine (2009)
歴アカデミー賞主演女優賞: 受賞者 (1961-1980)
1961: ソフィア・ローレン | 1962: アン・バンクロフト | 1963: パトリシア・ニール | 1964: ジュリー・アンドリュース | 1965: ジュリー・クリスティ | 1966: エリザベス・テイラー | 1967: キャサリン・ヘプバーン | 1968: キャサリン・ヘプバーン/バーブラ・ストライサンド | 1969: マギー・スミス | 1970: グレンダ・ジャクソン | 1971: ジェーン・フォンダ | 1972: ライザ・ミネリ | 1973: グレンダ・ジャクソン | 1974: エレン・バースティン | 1975: ルイーズ・フレッチャー | 1976: フェイ・ダナウェイ | 1977: ダイアン・キートン | 1978: ジェーン・フォンダ | 1979: サリー・フィールド | 1980: シシー・スペイセク